戯れ言

【親ガチャ】そもそもネット掲示板生まれの用語を真剣議論することって無意味じゃね?と戯れ言で語る。

 

親ガチャは確実に存在する。だけど真剣に話し合うようなテーマじゃない。

本日は「親ガチャ」ってワードについてお話していこうと思う。

今年度の流行語大賞もコロナ関係のワードが中心になりそうだなと思ってた状況下で、急遽話題になっているコトバである。

おそらく流行語の中心はコロナ関係で、次いでオリンピック関連が来るだろう。

それ以外だと「うっせえわ」くらいしか思いつかない。

「白塗り野郎」は無いか・・・。

だんだん年齢を重ねて若者文化に疎くなっている僕がそんな予想をしていたところに、まさかの「親ガチャ」の登場だった

意外と幅広い年代へ広まったワードじゃないだろうか。

そんでもって、この「親ガチャ」ってワードが各所で議論を巻き起こしてプチ炎上状態だとのこと。

さらには、この「親ガチャ」って言葉の裏側で苦しんでいる人もいるのだとかでメディアでも取り上げられ各SNSでも大きく話題にされている。。

皆が何を思っているのか知らないけど、今回は流行語に乗っかって、「親ガチャ」をテーマに1本記事を出したいなと思って執筆してみた。

僕自身が感じていることをお伝えできればと思う。

どっちが正しいとかって話をするつもりはないけど、子育てをしている人や自分の人生に不満がある人は一緒に考えてもらえたらうれしい。

 

「親ガチャ」とは?

 

親ガチャのガチャとは、ガチャガチャとかガチャポンのように抽選式でかつ結果を当事者が操作できないシステムに例えられている。

また、昨今では課金してレアなアイテムやキャラクターを抽選で手に入れてゲームを優位に進める課金優位なソーシャルゲーム(いわゆるソシャゲ)のシステムをガチャと呼んだりもすることから、ソシャゲのガチャシステムをもじってガチャと揶揄されているともいえる。

生まれてくる子供が親を選べない境遇から、親の経済力や生まれた居住地域などを含めて運次第であることを親ガチャと表現しているわけだ。

子供の将来性は親の経済力とか生まれた立地など環境次第である事が大きく影響するという意味合いで、生まれる親はガチャのように運次第であるということで「親ガチャ」という言葉が誕生したといえる。

こうして生まれた「親ガチャ」という言葉が流行したのは、言葉の意味がキャッチー(人の心をとらえるのが上手)でかつ、わかりやすくて非常に親近感が持てる例えであると感じている人が多いという事ではないだろうか。

また親の教育や経済状況への不満とかから「親ガチャ失敗」とか言われたりする。

「親ガチャ」の言葉の使い方としては、親への不満とか自分の置かれた境遇への不満から口にする人が多いようだ。

 

「親ガチャ」は、なんJ民から生まれた言葉

 

この「親ガチャ」という言葉を巡ってテレビ番組等で真剣議論がされていたりもする。

議論としては大きく分けると「親ガチャ」という言葉が個人の甘えであるとか、不謹慎であると考える否定派や「親ガチャ」の存在に賛同する声や現実として受け止めるべきと考える肯定派の意見がぶつかっていると言える。

でも僕からすれば、議論することが物凄く不毛な行為であるとすら思う。

なぜかと言うと、そもそも「親ガチャ」という言葉はなんJ民から生まれた言葉であるからだ。

「なんJ」発という根拠はないけど、なんJから生まれた言葉が広まったという説が有力とみて間違いないだろう。

「なんJ民」とは西村ひろゆき氏が創設した「2ちゃんねる」の中にある「何でも実況」と呼ばれる掲示板の中で書き込みをしている人々のことである。

「なんJ」では様々なことを実況のように書き込んでいく掲示板なんだけど、主に一番人気があるのは「プロ野球」関連の掲示板で、野球関連の書き込みをする人を「なんJ民」と呼んでいる風潮もある。

「なんJ」では基本的には「なんJ用語」と呼ばれる様々な言葉が誕生している。

良くも悪くも愛情も侮蔑も混ざった憎めない言葉がたくさんある。

そんな「なんJ」生まれのワードの1つが「親ガチャ」ってわけだ。

「なんJ」では「親ガチャ」という言葉は数年前からあったと思う。

「2ちゃんねる」も「なんJ」も大好きな僕としては「親ガチャ」は特別に目新しい言葉という認識はなかった。

だから今回、一般の人に認知されるようになって、真剣議論されているのを見ると「なんJ」から生まれた言葉について真剣に「良くない」とか「不謹慎」みたいな意見を目にすると不毛だなと思う。

だって「なんJ民」が、不謹慎で侮蔑的な意味合いで発した言葉なんだから。

ちなみに「2ちゃんねる」には、フリーターとか無職やニートの中高年男性が非常に多くいると聞く。

事実は不明だけど、メイン層は「2ちゃんねる」がスタートした頃からの利用者が多いとか。

いわゆる「引きこもり」とか「こどおじ」もたくさんいると聞く。

こどおじ」は子供部屋でずっと生活をしている人のことで、女性は「こどおば」。

実家生活で自立していない人を皮肉った言葉で、これも「なんJワード」である。

「2ちゃんねる」は、ちょうどひろゆきさんくらいの40代の人がメイン層じゃなだろうか。

そんな「無職」「ニート」「フリーター」「こどおじ」「ひきこもり」の中高年が生み出した「親ガチャ」は自分の境遇に絶望していたり、親への不満がある人々の皮肉めいたワードなんだ。

だから不謹慎とかって真剣議論することが無意味ではある。

 

親ガチャの使う場面はプロ野球から?

 

「なんJ」の掲示板で、親への不満を口にする書き込みに、ずっと前から「親ガチャ」という言葉はあったように思う。

なので、その意外と歴史は古いかもしれない。

少なくとも僕の印象としては、ずっと以前から目にしていたような気がする。

特に僕はプロ野球が好きだからプロ野球関連の書き込みをよく見ているんだけど、選手の身体能力とか、幼少期にスポーツに専念できる環境を構築できた選手を親ガチャ成功したって表現も目にした。

また親の身体能力は子供に遺伝することから、競走馬のように野球選手の親の運動経歴を語るような書き込みとかもある。

特に現在、エンゼルスで活躍する大谷君が花巻東高校時代のドラフトイヤーに身体能力を絶賛する書き込みはたくさんみた。

本人の努力はもちろんだけど、親御さんの身体能力による遺伝的な要素も大きくかかわっているのは言われてきた。

2012年頃だったろうか。

そのくらいの頃から「親ガチャ」なる言葉の生まれる要素はあったかもしれない。

この頃も、ソシャゲはグリーとかDeNAなどが業績を伸ばしていた。

マンガだと「MAJOR」という野球漫画があって、主人公の吾郎と相棒の佐藤寿也の家庭環境の違いも「なんJ」ではよく話題に上がる。

主人公の吾郎は最初こそ不遇な環境に置かれるも、途中から親ガチャに成功していき、寿也はその逆となってしまう。

こうしたマンガネタからも「親ガチャ」という言葉は随所で使われてきた。

また、プロ野球では新外国人を獲得することを「外国人ガチャ」と呼んだりする。

現在いる外国人を解雇して新しく外国人を連れてきて、かつやくするかどうかを運任せでファンが楽しむ意味合いで使われるワードとなった。

 

結論→親ガチャは確実に存在する

 

結論として「親ガチャ」は確実に存在する。

親の経済力や生まれた環境によって、後の人生に大きな影響が生まれる。

少なくとも経済的に恵まれた環境の子供の方が、将来的に経済的に困らない人材になる可能性は高い。

中には個人の努力次第で、どうにでもできるという人もいる。

でも一方で生まれる親元を間違えると物心が付く前に、虐待を受けたり産まれてすぐにゴミ袋に入れて棄てられてしまう子もいる。

運が悪ければ自力で何とかする前に命を奪われてしまう不遇な子は確実にいるし、その存在を連日の報道で目にしない日は無いだろう。

下手すれば人として生まれる前に、人権もないまま中絶であっけなく始末されてしまう子もいる。

お金(経済格差)は関係無いという人もいるけど、経済的不安から人工的に命を奪われてしまう子もいるのだ。

カイジというマンガで「金は命よりも重い」って利根川先生の有名フレーズがあるけど、まさしく金と命が天秤にかけられて、金の価値に人間の命が負けてしまった瞬間でもある。

もちろん事情は様々だけど、極端な話ならば金が人間の命の優位性を決めてしまっている事実の一例とも言えるわけだ。

また、生まれ持った遺伝子で病気への免疫も違う。

健康は、日々の努力だけで埋められない問題でもあるだろう。

他にも容姿の特徴は親次第なので、容姿が優れているかどうかも親次第となる。

容姿を磨くことも可能だけど、生まれ持った基本的な容姿はいじることができない。

容姿で得をしたり、仕事につなげることもできる。芸能人みたいに容姿で食える仕事に就ける人は親ガチャ次第ともいえるだろう。

 

親ガチャ否定派と賛成派

 

話を、わけて考えなければいけない問題かもしれない。

「親ガチャ」という言葉で、傷つく人もいるとの意見も聞く。

それは「なんJ民の言葉」だから真剣に受け止めるなということで解決だ。

でも個人の努力で、人生はどうにでも切り開けるっていう「親ガチャ」否定派人もいる。

それは親ガチャに成功した人間の戯言だという「親ガチャ」肯定派の人もいる。

「親ガチャ」という言葉で、他人のせいにしている甘えた人間という意見もある。

確かに一理あるんだけど、あくまで不遇な境遇に置かれた人にとってはどうしようもない問題でもあるのかなとは思う。

 

親ガチャが刺さる人

 

何となく現代の日本では、将来の年金問題とか増税とかで明るい未来を感じにくい世の中かと思う。

特に若い世代を中心に、親の経済力で進学や習い事への挑戦が格差が生まれる。

日本では最低限必要な教育は公的機関によってサポートされているけど、子供によって受けられる教育は家庭環境によって大きく違うだろう。

それによって自由に進学先を選べる子や家庭を養うために就職をする子など様々である。

また教育によって、子供の将来就く仕事によって生涯年収も変化する。

事実として経済力のある家庭で生まれ育った子供の方が、高水準な教育を受けて経済的に豊かな人材になっていく傾向が大きいようだ。

東大生の親の世帯年収調査をしたら、平均以上の収入を得ている家庭の出身の子供が多いそうだ。

家庭による経済格差を痛感している人が若者を中心に多かったから「親ガチャ」という言葉が刺さる人が多かったのではないだろうかと思う。

なので僕としては、まず生まれた環境はガチャであることはゆるぎない事実だと思う。

 

親にとっては「子ガチャ」

 

逆に親にとっては「子ガチャ」とも言える。

「育てたい」と思うような子供が生まれてこなければ子ガチャ失敗ってわけだ。

どんな子供が生まれてきても、産んだら育てなくちゃいけない。

だけど、親にとって望んだようなスペックを持った子供が生まれてくるとは限らない。

もしかしたら重度の障害や病気を持って生まれて、長く生きられない子供が誕生するかもしれないだろう。

一方で高スペックな親が、子供に超期待して子供のスケジュールを全部埋めるほど勉強させ習い事をさせる親もいる。

もしくは親が叶えられなかった夢を子供に託して、子供が臨まない教育を熱心にしているパターンもある。

子供にとっては経済的に不自由ではなくとも、自由が無くて閉塞感を感じていて窮屈に思っているかもしれない。

家庭環境は経済的に満たされていても、それが必ずしも子供にとって幸せだとは限らないのだ。

また親ガチャならぬ、子ガチャに失敗したと思って責め立てる親もいる。

それがきっかけで家族間で殺人事件にまでなってしまう悲しい事件もある。

先日も、親の希望である医師を目指して9浪していた女性が母親を殺害して懲役10年判決を受けた出来事もあった。

参考記事:医学部受験で9年浪人 〝教育虐待〟の果てに… 母殺害の裁判で浮かび上がった親子の実態

母親の過剰な教育干渉で精神的に疲弊してたと情状酌量も受けて求刑懲役15年から5年短い判決だったそうな。

子供は、親を選べないし子供も親を選べない。

難しい問題だと思うけど、それぞれ違った人間なので、互いを尊重して上手く付き合って聞くことが重要なんだろうなと思う。

 

まとめ

 

まず日本で生まれて殺されることなく大人になれたら、その時点で親ガチャ成功と言える。

そんでもって議論の問題はその先である。

日本で生まれてから周囲と比較して、どう思うかって話だ。

本来なら、先進国の日本に生まれただけでも世界中で比較したら非常に恵まれている。

治安が良くて食うものに困らず、きれいな水でウンコを流して、当たり前のように学校へ通うことができる日本で生まれ育ったなら非常に幸運だろう。

紛争地域で暴力や飢餓や病に怯えながら、泥水をすすって学校へも行けない子供が世界にはいるのだ。

中には戸籍が無くて、政府が名前も生まれた日もわからない子供だっている。

ある程度は、親による家庭環境がその後の人生を決める可能性は高い。

だけど、日本では自分でやりたいことを自由にやれる権利がある。

学び直しも仕事を選ぶ自由も本人次第で可能なんだ。

子供を生んだら、最低15歳までは死なないように育てること(扶養義務)、義務教育のサポートは親の義務として法的に決められている。

中には生存の危機に晒される子供もいるし、子供の学ぶ権利だって親の考えや経済力次第で選択肢が大きく変わるから親ガチャは確実に存在するといえる。

なので労働ができる年齢までは、親による影響は大きいだろう。

むしろ大人になっても、親の影響力によって人生はどうにでも転ぶ。

また、親によって容姿や身体能力も差が出るし仕事の選択肢も変わる。これは事実だ。

僕だって、出来ることなら誰もが振り返るようなイケメンな容姿で生まれたかった。

特に親への不満を語るつもりはないけど、逆にいえばイケメンが生まれてこなかった親としても残念だって思ったかもしれない。

僕の場合は、今こうして好きなことができているのは親が不自由しないように育てて学校にも行かせてくれたか。

だから感謝もしているし親ガチャ失敗したとは思わない。

だけど、出来ることなら超イケメンで超金持ちで働かなくて良い家庭に生まれ育ってハーレム帝国を作って子供を何人も作らせてもらえる生活をしてみたかったなとは思う(笑)

現状、妻や息子に不満は無いんだけど、人間の欲望って挙げたらキリがない。

親ガチャという「なんJ」から誕生した言葉は人間の満たされない心の欲望を具現化した言葉なのかも知れない。

親は子供を選べないし、子供も親を選べない。でも不平不満を上げてもキリが無し、何も変化しない。不満があるなら、日本でなら

解消することが出来る可能性が高い。少なくとも自由に何でもできる国だ。今、大人になっている人は自由に何でもできる権利がある。

親ガチャ失敗と言って親のせいにしても何も変化しないから、現状を変えたいなら前向きにできることを模索してみてはいかがだろうか。

 

 

本日の記事は以上となります。

 

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というわけで、今日も最後までご覧いただき本当にありがとうございます。

ではまた次の記事でお会いしましょう。

 

迷える子羊ちゃんに幸あるように。。。

 

グッドラック!

 

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